4/12,「チューチョを偲ぶ会」が、下北沢の「スカイサロン」にて開かれ、
約80人ほどの人がお越し下さいました。
メキシコ大使館後援 リードオフジャパン協賛
この日のポスター ミュージシャンたち
この会場は、周りに高いビルのない下北沢で」一番高いビル。
とても見晴らしがよく、夜景などとても綺麗です。
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この日用意したテピートの料理
上段左から サボテンのマリネ タコス ケサディージャ
下段左から ティンガー
メキシカンライス ポテトのチョリソ炒め
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この会の主催者は、チューチョを慕うメキシコ人、マヌエルさんと、彼の秘書のサマンサさん。
まず、式典?
開会のセレモニーが
はじめに、主催者マヌエルさんがこの会の趣旨をお話になり、
続いてチューチョの未亡人であるワタクシが(なんか照れてしまうわ
)ご挨拶し、
主賓であるロドルフォ・ゴンサレスさんが1分間のチューチョへの黙祷から始まり、
チューチョとの思い出などお話しくださいました。
その後、川口洋子さんによる献杯。
洋子さんは、十代の頃からメキシコ大使の秘書を務めると言うほどの高い語学を誇る、
メキシコ大使館には無くてはならない存在のお方。
この日も美しい着物姿でお越しくださいました。
洋子さんの献杯のあと、お客様方はお食事をなさったたり、ダンスを楽しんだりなさっているうちに、
ステージはミッチー中谷さんに移りました。
ミッチーさんは、昭和歌謡を主にうたっていらっしゃる、セミプロの歌手。
「日本歌謡協会」の認定を受けているほどののど自慢のお方。
なんでチューチョの会に昭和歌謡??
って、思われた方もいらしたかと思いますが、昭和30〜50年頃の日本には、
メキシコ音楽に影響受けた
「ラテンムード歌謡」
なるジャンルが流行ったのです。
それは、チューチョなどのメキシコのトリオ(3人組のコーラスグループ)の影響を受けてのものでした。
年配の人たちならご存知の
「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」
「ペドロ&カプリシャス」
「ロス・プリモス」
などなどのグループが、
そのジャンルの代表的な存在ですね。
そこで、仲良しのミッチーさんに、そのラテンムード歌謡の代表的なヒット曲を3曲歌っていただきました。
レキントギター(メキシコのオリジナル楽器)の調べが美しい
「小樽の人」、「コモエスタ赤坂」「夜の銀狐」の3曲。
懐かしいですよね
皆さん、ラテンムード歌謡に合わせて踊ります
ちっちゃなコロンビア人の少年も踊ります、
「お世辞」か?アンコールがかかったけど、残念(笑)音源を持っていなかったので、ワルツだけで終わり
そのあとは、メキシコ人のオマールさんとマリアさんによるメキシコのベラクルス地方のダンスが。
ベラクルス地方の女性の民族衣装は、白地の、ひらひらしたとてもきれいなドレスです!
ご本家メキシコ人が踊るメキシカンダンスは、やはり迫力あり。
ホンモノだもんね
舞台はパラグアイのアルパにかわります。
美しく癒しの音色は 菅原ふみ さん。
ペルー人のリッキー・ロドリゲスの伴奏で。
続いて、リッキーのケーナとサンポーニャの演奏。
そこへチャランゴの名手 ダイジート福田が飛び入りではいり、アンデスの世界へ
隣に座っていた、ブラインドダンスの友人雪子さんは、私の説明のアンデスの楽器や、
メキシコのソンプレロを手で触らしてもらい、喜んでいました。
ここで、本当の「飛び入り、サプライズ」が!!
東京にはいないはずのメキシコ人歌手のビクトルが、沖縄からやってきたのです!!。
ビクトルはコロナ以前は日本で演奏活動していて、テピートでも毎週のように演奏していたのですが、
コロナでメキシコへ帰国。それ以降、日本には戻ってきていませんでした。
それが、最近沖縄で仕事を始めた、というビクトルが、仕事を休んで、
東京で開かれているチューチョを偲ぶ会に、来てくれたのです!!
しかも、チューチョのトリオ・デルフィネス時代のヒット曲を続けて弾いて歌ってくれて、、、、
「アモール・インディオ(インディアンラブコール)」「ポルトガルの4月」「黒い真珠」などなど、、、、
思いがけないサプライズに、私は涙が止まりませんでした。
まさか、ここで、チューチョの初期のヒット曲を聞こうとは!!
会場は、すっかりメキシコになって、最後はチューチョの「ラ・ゴロンドリーナ」を聴きながら
円陣になって、天国にいるチューチョへ大きな拍手を送りました。
天国にいるチューチョに、
この大きな拍手が聞こえたでしょうか?
主催者3人
ミュージシャンたち
受付や、音響を手伝ってくれた美佐子ちゃん。
車で運搬係をしてくれたキリンさん。
お客様がお帰りになったあとは、スタッフで今日の料理を食べながら楽しい反省会。
色々反省点はありますが、とにかく、無事楽しく終了しました。
この会を企画してくださったマヌエルさんとサマンサさんに心から感謝しています。
その後、会場を清掃して搬出。
店に戻って片付けや、何やかやで遅くまで働いて、家に戻りました。


