2016年03月31日

チューボーですよ に、出ます

4月2日(土曜)TBSの人気番組、【チューボーですよ】で、
テピートが紹介されます。


料理は、ステーキタコス


私が日本不在でしたので、かわって、娘の恵が、
なんと!!
【下北沢の巨匠】として、登場します〜〜〜ららら


どんなことになるんでしょうね


でも、この撮影以来、
娘のことを【巨匠】と、および申し上げております

ほら、巨匠、あれ 持って来て!
おい、巨匠、だめじゃない〜〜

などと うふっ

さて、当日のお楽しみ〜〜〜〜〜

夜の11時半から、TBSテレビです



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posted by 雅杜 at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | メキシコ料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

チューチョが旅立ちました

昨日、チューチョが亡くなった、という知らせが入りました。



何から書いたらいいんでしょう・・・・

5年前から病に臥せって、故国メキシコへ帰っていましたが、
最後は息子たち家族に見守られながら、旅たっていきました。

私は、チューチョの危篤の知らせを受け、2月14日から8日間、メキシコへ行っていましたが、小康を保っていましたので、まだまだ、と思っていたのですが。
しかし、チューブにつながれて長く生きるもの不憫と思っていましたが、これでやっと楽になったと思います


思えば、彼と私の歴史は長く
チューチョ31歳、私が15歳のときの出会いでしたから、もう、
52年前のことになりますね。東京オリンピックの年でした。

私にとっては生涯をかけて愛した人。
彼にとっては、最後の女
世間で言う夫婦とは少し違った、パートナーシップで結ばれていました。


5年前に彼が壊れてしまい、4年前から国に帰りました。
鮭だって生まれた川へ戻るぐらいですから、人間最後は、生まれた国に帰りたいもののようです。
一日のほとんどを眠ってすごす晩年でしたが、
最後は故国に戻り、子供や孫たちに看取られて、幸せだったことでしょう。


チューチョはこの世の中にいなくなっても、
彼の残したメキシコの文化のともし火は、ここテピートで
小さくですが、灯し続けてまいります。

チューチョに食べてもらいたくて、作り始めメキシコ料理・・・・
おかげさまで、たくさんの方々に支持されるようになりました。
私は、ここ下北沢で、チューチョの思い出とともに、
メキシコ料理を作り続けてまいります

皆様、ありがとうございました
これからも、よろしくお願い申し上げます

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posted by 雅杜 at 17:38| Comment(2) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月16日

ブラインドダンス。ご存じですか?

ブラインドダンス・・・ご存知でいらっしゃいますか?
視覚障害者の方々が楽しむ 社交ダンスです。

多くのサークルがあり、練習を重ね
年に3回の試合も楽しむ。
そんな活動をしていらっしゃいます。

実は、先日の日曜日に、その試合があり、
私は初めて、ボランティアとして、試合に参加してきました。

以前からその存在を知ってはいましたが、
初めてその方々の踊りを拝見したのは、去年の9月、
武道館でのプロの試合の中での、演技発表でした。
ワルツとタンゴ、
ルンバとチャチャ、
視覚障害者と健常者がペアを組んで、踊っていらっしゃいました。

その楽しそうなこと。
生きる喜び、踊る喜びが溢れ出て、私は涙を流しながら拝見していました。
そして、その後、ふとしたことで、友人がその視覚障害者のダンスサークルでボランティアをしていることを知り、練習会の見学に行ったのです。
公民館の一室で、大勢の方々が楽しそうに練習していらっしゃいました。


私の父は、ずっと、いろいろなボランティア活動をしていました。
でも私は、生活に追われなぜか縁がなく過ごしてきていたのですが、そんな父の姿は、私の中に残っていたのでしょう。
私は日々超多忙の身ですが、何のためらいもなく、そのサークルに、ボランティア会員として入れていただくことにしたのです。

ボランティアにもいろいろあって、
踊りのお相手をするだけではなく、
家から会場までの往復を一緒にする人、
会場でCDをかけるなどのお手伝いをする人、など、踊り以外でもあります。
もちろん、会場を取ることも大切な仕事です。


ダンスの講師は、
学生時代チャンピオンだった女性。
その方の縁で、私はこのサークルにたどり着いたのですが、
目が見えない方に教える、ということの大変さが、見ていると伝わります。

だって、踊って見せてあげても、見えないんです。
人の踊りを見てまねができない。
自分の踊りを鏡などで見ることができないから、直しようがない。
「このように・・・」
なんて言葉は、一切通用しないんです。
目の見える人に教えることは、なんて簡単なことでしょう!!
もう、手とり足とり、相手の足元にうずくまって足を引っ張ったり、ものすごい運動量で教えていらっしゃいました。

私がペアを組んだ男性は、中途失明なさった、学生時代に競技ダンスをなさっていた方。
さすが昔取ったキネヅカで、ホールドやボディはしっかりしていらっしゃいます。
サークルに見学に行った私は、その方にとってまさに「鴨がネギをしょってきた女性」。
私、人生初の?熱烈ラブコールで、パートナーに望まれました。
(こういう経験は、ま、嬉しいものですね/笑)

試合当日、
それは私には未経験のことでしたので、戸惑うことばかり。
試合用の燕尾服に着替える時、子供に着せてあげるようにお手伝いしないといけなかったんです。
ご自分の家でなら、どこに何があるか、お分かりになるのでしょうが、場所が変わると、
「はて、どこに置いてあるのやら?」
ということになり、ひとつひとつ、
「はい、カフスボタンですよ」
「はい、ネクタイですよ」
「靴はここに置きましたよ(手に触らせる)」
と、声に出して・・・これが大事なんですね、声に出して手渡します。

モダンの試合の後、短い時間でラテンの衣装に着替えましたので、その時は、時間がなくてめちゃくちゃ大変でした。


試合は
男性の視覚障害者クラス
女性の視覚障害者クラス
男女ともに視覚障害者クラス
と、3つあります。

フロアーは、スピーカーを一つにしたり、片方の壁面のカーテンを閉めて暗くしたり、など、若干の明暗が分かる方のためや、耳で方向を判断する方のためへの工夫がなされているそうで、感心しました。

私の相手の方は、フロアーに出て行き場所を決めたら、
「これは、壁に対してどの位置ですか?」などの確認の質問がありました。
ご自分では判断がつきかねるので、確認なさるのですね。

女性が障害者の組よりも、男性が見えない人の組のほうが、いろいろと問題が多くあると思うのですが、そこは慣れたもの、と言いましょうか、鋭い勘をお持ちなのでしょう、音楽が始まったら、他の組とぶつかることもほとんどなく、上手にフロアーを使って踊られます。
それはとても見事でした。

モダン部門は ワルツとタンゴ。
ラテン部門は ルンバとチャチャ。

実は私が、試合の直前までインフルエンザにかかっていて、その前からも、体調を崩していて丸々1カ月、練習できなかったので、実は当日ルーテン(踊りの振り付け順)もわからない、ぶっつけ本番のダンスでした。
もし私がインフルエンザのために出場できなかったら、この試合を楽しみにしていらした方にとってはとても残念なことだから、と、治るまで気が気ではなかったし、
多少体調悪くても、這ってでも行くつもりではいました。
ですので、病み上がりの練習不足で成績は不本意でしたから、次の試合で頑張りましょうね、と、ブラインドダンスのリーダーさんと、話し合ってお別れしました。


終わって思いますに、健常者は、普段何とも思わないでいることが、どんなにか恵まれていることだったのだ、と、改めて思います。
普段の試合では、私は自分の事だけ考えて準備をしていればいいんですものね・・・
いつものリーダーさんに会ったときに、思わず、
「自分で服を着てくださって、一人で何でもやってくださってありがとう」
と、言ってしまいました・・・・キョトンとするリーダーさん(笑)
そんな普通の事が素晴らしく思える体験でした。

好きなダンスで人さまのお役に少しでもたてるなら・・・
そんな思いで始めたこのボランティアですが、今回一回だけでも、ずいぶん多くの事を学ばせていただきましたし、これからも、あらたな発見、新たな感動を得ることができるんだろうな、と思うと楽しみです。
posted by 雅杜 at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ダンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月03日

チューチョの近況

急きょ2月14日から私がメキシコへ行きましたのは、
チューチョの危篤の知らせが届いたからです。

私がメキシコへ着いたその前日まで、
チューチョの肺は、機械で動かされていました。
でも、危機は脱したようで、
私が着いた日は、集中治療室から個室に移され、とりあえずの安定した状況でした。

風邪気味で日本を出発した私は
風邪がひどくなり、熱と咳でひどい状態
ホテルから歩いて3分ほどの病院に行くのさえ、ふらふらするありさま・・・・
こんなひどい風邪なのに、病人に会っていいんだろうか?
と聞きましたところ、帰ってきた答えは
「チューチョには今たくさんの薬を注入しているから 大丈夫」
という、いたって呑気な返事・・・・・・ (@_@)
・・・・ほんまかいな????

でも、医師がそう答えてるんだし
私は、チューチョに会うために、太平洋を越えてはるばるやってきたんだから・・・
と・・・・風邪でもなんでも、お構いなしに、病室へ・・・・
(本当に、いいんだろうか・・・・)

チューチョは、沢山のコードにつながれて、
ベッドに横たわっていました。
ほとんど食事も喉を通らず・・・・
点滴で生きています。

8日間メキシコにいた私は、毎日病院へ行き、
彼の隣りのソファで横になっていました・・・・・・

ほとんどの時間を眠って過ごすチューチョ・・・・・・
夢うつつで過ごしているのがせめてもの救いでした・・・・・・

結局、イロウ・・・胃にチューブを差し込み、栄養をそこから入れる
をすることになりました。
延命治療について、子供たちがしっかりチューチョと話し合っておかなかったのが悔やまれます・・・
死なせてあげるのも愛情・・・と、
私は思うのですが・・・・・・


結局私は、メキシコにいた間、ずっと風邪ひきで寝込み
食事も一切できず、
食べようと思っても、辛いスープや、油ギトギトのスープでは喉を通らず
果物だけで命をつないでいました(大げさな)
おかゆや、おうどんが食べたいけど、外国では無理
以前アメリカにいた時に盲腸の手術をして
その時に出てきた食事がオートミールやコーンフレークで、
こんなもん食えるか! と、泣き出した経験があります。
外国で病気になるって、つらいですよね・・・・・
そんなこともあって、チューチョを故国に帰したのですが・・・・・・


後ろ髪をひかれる思いで、病み上がりの私は、メキシコを後にしました
チューチョのために、私に出来ることは、しっかり働いて、お金を送ること。
イロウ、という、医学的手法で長生きをさせられるチューチョの闘病は、長丁場になりそうですから、
私も頑張らなくてはなりません。

行きの、飛行機の中で、飛行機が飛び立つときに「航空性中耳炎」になってしまい
帰国して毎日耳鼻科通いをする羽目に・・・・
1週間ほとんど食べす、帰国しても食欲はなく、
片方の耳が、プールの中に入っているような不快感で、
すっかり体力を落としてしまいました・・・・・
今週末はダンスの試合だというのに・・・です。

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posted by 雅杜 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | メキシコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする